特許無効審判・侵害訴訟

1.特許無効審判

 特許無効審判(以下「無効審判」と略記します)は、出願された発明が新規性、進歩性等に欠如しているにもかかわらず、誤って特許された場合、そのような特許を無効にすることについて請求するための制度です。
 なお、無効審判は、通常の特許無効審判(特許法第123条)のほかに、特許権の存続期間延長登録の無効審判(特許法第125条の2)があります。本論では、前者に絞って解説します。
 無効審判において、その特許を無効とする審決が確定した場合は、その特許権ははじめから存在しなかったものとみなされます(特許法第125条)。つまり、特許成立時に遡って特許権が消滅します。このため、無効審判は、特許権侵害として特許権者から訴えられた場合の被告側の対抗策(防御策)として実務上よく利用されます。

(1) 無効審判を請求できる者

 利害関係人が請求することができます。但し、共同出願要件違反または冒認出願による場合は特許を受ける権利を有する者(真の権利者)に限られます(特許法第123条第2項)。

(2) 無効審判の対象

 無効審判の対象となる特許は、存続中の特許はもとより、消滅後の特許に対しても無効審判請求が可能です(特許法第123条第3項)。
 また、無効審判は、請求項ごとに請求することが可能です(特許法第123条1項本文)。審判請求の取下げも請求項ごとにすることができます(特許法第155条3項)。

(3) 無効理由

 無効審判を請求する場合、無効理由を特定する必要があります。無効理由は、特許法第123条1項各号で定められており、これ以外の理由で無効にすることはできません。
 無効理由は、拒絶理由(特許法第49条)とほとんど共通していますが、その他にも無効理由に特有の理由も挙げられています。一方、発明の単一性の要件違反(特許法第37条)等の形式的要件違反は無効理由になりません。なお、共同出願要件違反または冒認出願に対して移転請求権(特許法第74条)が行使されて、真の権利者に特許権が移転した場合には、無効理由に該当しません。

(4) 無効理由の記載

 無効理由は、審判請求書の「請求の理由」の欄に記載して特定します。具体的には、無効の対象となる請求項とその無効理由を特定します。例えば、「本件請求項1に係る発明は、新規性に欠如するから無効とすべきである。」とします。もちろん、1つの請求項に対して2つ以上の無効理由を挙げることも可能です。
 審判請求書を提出した後でその内容を変更することは原則として認められません(特許法第131条の2)。特に、無効理由の追加・変更等は、原則として審判請求書の要旨を変更するものとされています。例えば、「審判請求当初、特許法第29条第1項第3号のみを無効理由としていたが、その後特許法第29条第2項を根拠とする理由に変更した」場合などが該当します(審判便覧51-04)。そして、審判請求書の要旨を変更する補正は、却下の対象となります(特許法第133条)。
 無効の対象とする請求項の変更・追加は、「請求の趣旨」を変更する補正とされており、この場合も却下の対象となります。例えば、審判請求時に請求項1についてのみ無効の主張をしていたが、その後に請求項2についても同じ引用例で同じ条文で無効を主張した場合が該当します(審判便覧51-04)。

(5) 証拠

 無効審判では、無効理由の存在事実を示すための証拠を提出する必要があります。証拠(証拠方法)としては、証人、鑑定人、当事者本人、文書、検証物があります。実務上、最も多く利用されているのが文書(書証)です。文書の代表例は、例えば先行文献(特許文献または非特許文献)、実験報告書(実験成績証明書)、陳述書等が挙げられます。また、ビデオテープ等のように、動画を収納した記録媒体も書証として提出できます。
 証拠の提出では、審判請求書と同じく、正本を1通、副本を当事者(相手方)の人数分、審理用副本を2通(5名合議体の場合は5-1=4通)それぞれ用意する必要があります。
 なお、検証物を提出する場合も、文書と同様に上記部数の検証物を用意する必要があります。

(6) 無効審判の手続きの概要

 無効審判は、特許権という財産権を消滅させるか否かを判断する重要な手続きであるため、裁判に準じた手続き(準司法的な手続き)によって厳格に行われます。
 無効審判において、請求人および被請求人がとるべき主な手続きは、以下のようなものがあります。
 請求人:審判請求書の作成・提出、弁駁書の作成・提出、口頭審理陳述要領書の作成・提出
 被請求人:答弁書の作成・提出、訂正請求書の作成・提出

[1]合議体による審理
 無効審判では、審判請求人(裁判でいう原告に相当)が、特許権者を審判被請求人(裁判でいう被告に相当)として審判請求書を特許庁に提出することにより手続きがはじまります。特許庁では、3名または5名の審判官からなる合議体が審理することになります。
[2]答弁書等の提出
 審判請求人(以下「請求人」とします。)による審判請求書の副本が審判被請求人(以下「被請求人」とします。)に送達されますが、これに対して被請求人は答弁書にて反論する機会が与えられます。この答弁書に対しては、請求人は、さらに弁駁書にて反論する機会が与えられる場合もあります。このように当事者に1回または複数回にわたりそれぞれの意見を主張する機会が与えられます。
[3]訂正請求
 被請求人(特許権者)は、無効理由の解消等を目的として特許明細書中の特許請求の範囲、明細書または図面を必要に応じて訂正することも可能です(特許法第134条の2)。
[4]審理方式(口頭審理)
 審判の審理方式としては書面審理と口頭審理がありますが、無効審判では口頭審理を原則としています(特許法第145条)。
 口頭審理は審判廷で実施されます。口頭審理では、両者が事前に口頭審理陳述要領書を提出した上で、それらに基づいて口頭でそれぞれの意見を主張します。
 口頭審理が開催されるタイミングあるいは回数は事件により異なります。
 無効審判では、審判請求書、答弁書等とともに口頭審理を通じて審判官が両者の言い分を整理しつつ、最終的に特許無効の是非について結論(審決)を下すことになります。
[5]不服申立
 無効審判では、最終的な判断が審決として示されますが、その審決に対して不服のある当事者(特許権者または無効審判請求人)は、知的財産高等裁判所に対して訴え(審決取消訴訟)を提起することができます(特許法第178条)。

2.特許侵害訴訟

 特許侵害訴訟は、特許権の侵害に基づく訴訟の総称です。特許権には、差止請求(特許法第100条)、損害賠償請求(民法第709条)、不当利得返還請求(民法第703条)、信用回復措置請求(特許法第106条)等の個々の請求権が認められています。その請求権を行使するための手続きとして、本案訴訟、仮処分、保全手続きの3つの手続きが認められています。このうち、最も一般的な手続きは本案訴訟(通常の訴訟)です。

(1)特許権侵害の態様

[1]直接侵害と間接侵害
 特許権者は、特許発明について業として実施する権利を専有します(特許法第68条)。すなわち、自己の特許発明を独占排他的に実施することができ、権原なき第三者の実施を排除することができます。逆に言えば、特許権者以外の権原なき第三者による特許発明の業としての実施は特許権侵害(直接侵害)として差止等の請求対象となります。
 また、特許発明の実施には該当しなくても、侵害の予備的行為に当たる行為はいわゆる間接侵害(特許法第101条1~6号)として特許権侵害とみなされます。
[2]特許権侵害にならない場合
 下記(a)~(d)のような場合は、特許発明の実施行為に該当しても、特許権侵害にはなりません。
(a)試験または研究に該当する場合(特許法第69条第1項)
(b)実施権を有する場合(特許法第78条、第79条等)
(c)いわゆる用尽説が適用される場合
(d)その他、特許権の効力が制限される物または行為に該当する場合(特許法第69条第2項・第3項、第68条の2、第175条等)

(2)侵害事実の発見と警告

 特許権侵害を発見した場合、相手方を直ちに訴えることは法的には可能ですが、一般的には訴訟の提起に先立って警告が行われます。

[1]侵害事実の発見
 侵害事実の発見は、特許権者がイ号物件(侵害被疑物件)を入手し、それを解析することからはじまります。イ号物件が市販品として出回っているものであれば入手することは比較的容易ですが、例えばオーダー品(特注品)として特定の会社にのみ納入されているような製品であれば、イ号物件の入手は特許権者にとっては困難になります。
 また、製法特許のように、方法に係る特許権の侵害事件においても、その方法(イ号方法)を把握・特定する必要がありますが、その方法が実施されている事実を把握することは一般に困難です。
 したがって、入手困難な場合には、イ号物件(イ号方法)の入手の段階から相当の苦戦が強いられることになります。このようなケースでは、例えば状況証拠を地道に積み上げていく方法をとらざるを得ないのが実情です。これ以外にも、訴えの提起前の照会制度(民事訴訟法第132条の2)等がありますが、強制力がないことからその威力は未知数とされています。
[2]警告後の交渉
 侵害事実の発見後、警告書を内容証明郵便等により相手方(侵害被疑者)に対して送付し、侵害の事実の有無について問い合わせます。警告書を受けた侵害被疑者は、侵害の事実の有無等について回答します。さらに、その回答に対して特許権者は侵害被疑者に再質問することもあります。そして、このような文書のやりとりは1回のみならず、数回にわたり行われることがあります。また、文書のやりとりに限られず、お互いに直接話し合うこともあります。
 このようなやりとりにおいて、それぞれ自己の意見を裏付けるための根拠を示す必要があることもあり、そのような根拠となる実験データ等の作成や収集に研究者の助けが必要となります。
 このような交渉において、例えば設計変更、解決金、ライセンス等によってうまく和解できれば良いのですが、話し合いが決裂して訴訟に発展した場合はこれらのやりとり(前記実験データ等も含む。)の記録も裁判所に証拠として提出される可能性があります。このため、訴訟は警告の段階から始まっていると考え、弁護士や弁理士の専門家に相談しながら対応することが必要です。不用意な回答は、後の裁判で不利に働くことがあるので、きわめて慎重な対応が求められます。
[3]訴訟回避の最後の機会
 訴訟前の交渉の段階で検討すべき重要なポイントは、いかに訴訟を回避するかという点になります。訴訟に発展すれば、特に侵害被疑者側は、費用負担、人的負担、マイナスイメージが降りかかるほか、取引先にも何らかの迷惑をかけることになります。また、特許権者側においても、費用負担、人的負担等の問題が避けて通れなくなります。このような問題をふまえた上で、訴訟に進んだ場合のメリット・デメリットを比較考量しておくとともに、相手方に対して妥協できる事項と絶対に譲れない事項とを事前に整理して自社のスタンスを明確にしておくことが必要です。

(3)特許侵害訴訟の手続き

[1]裁判管轄
 どこの裁判所に訴えを提起するかについては、原則的には被告の普通裁判籍(通常は住所)の所在地を管轄する裁判所となり(民事訴訟法第4条)、その他にも義務履行地、不法行為があった地等を管轄する裁判所も選ぶことができます(民事訴訟法第5条)。
[2]特許侵害訴訟における裁判管轄
 特許権をはじめとする知的財産権に関する訴訟は、通常の民事事件とは違った裁判管轄が規定されています。
 特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴えについては、民事訴訟法第4条または第5条によれば決まるであろう裁判管轄が、西日本に属する場合は第一審が大阪地裁となり、東日本に属する場合は第一審が東京地裁となります(民事訴訟法第6条)。これらの裁判所では、知的財産の専門部が設けられており、知的財産を専門に取り扱う裁判官によって審理されます。大阪地裁および東京地裁の判決に対する控訴審は、いずれも知的財産高等裁判所の専属管轄となります。
[3]裁判手続きの流れ・審理の進め方
 審理の進め方
 特許権の侵害訴訟等では、侵害論(イ号物件またはイ号方法が特許発明の技術的範囲に属するか否か)が大きなウエイトを占め、それゆえに技術的事項の争点整理が重要な位置を占めます。このため、口頭弁論(法廷で行われる通常の公開裁判)ではなく、弁論準備手続により争点整理が行われることがほとんどです。これは、いわゆるラウンドテーブル方式と呼ばれるものであり、法廷とは別の部屋(通常は審尋室、準備室、和解室、審尋兼和解室などと呼ばれる部屋)で裁判官および当事者が同じテーブルに着いて裁判官の指揮下で争点のとりまとめを進めます。そして、争点がまとまった後に口頭弁論が開かれることになります。
 もちろん、ラウンドテーブル方式の場合、代理人以外に補佐人、当事者も出席することが可能です。なお、弁論準備手続では、裁判所の許可があれば第三者の傍聴も可能です(民事訴訟法第169条2項)。

 進行スケジュール
 裁判手続きにおける進行スケジュールとしては、訴えの提起がなされてから通常30日で第1回の口頭弁論が開かれ、訴え提起の日から330日(約1年)以内に審理終結することになっています。審理が弁論準備手続により進められる場合は、口頭弁論期日には弁論準備手続の期日が入ります。なお、弁論準備手続で進められる場合でも、最終的には裁判は公開されなければならないので、弁論準備手続が終結した後に、最後に法廷で口頭弁論が開かれることになります。
 最終的になされる口頭弁論では、これまで準備書面で陳述した内容を確認する程度で終了し、通常はその場で判決言渡日が告知されます。したがって、上記口頭弁論の場において、新たな反論や証拠の提出などは行われないのが通例です。

 被告の対応
 第1回目は、原告は訴状内容の陳述、被告は答弁書内容の陳述を行います。実務的には、答弁書は、時間の関係上、形式的な反論(争う意思を示すだけ)にとどまり、具体的な被告の反論は次の書面(第1準備書面)以降で行われることが通例です。

 無効審判との関係
 侵害訴訟が提起された場合、被告はその対抗手段として特許庁に対して無効審判(特許法第123条)を請求することがあります。無効審判の審決が確定した場合はその特許権は遡及的に消滅するため、裁判所もその動向を把握する必要があります。場合によっては、無効審判の趨勢を見守るべく審理が中止されることもあります。

 侵害論と損害論
 損害賠償請求事件のような場合は、侵害事実の有無(侵害論)の検討をした後、その侵害事実の存在が認定された場合は侵害による損害額の算定(損害論)に進む、という二段階構成がとられます。したがって、侵害論で「非侵害」と判断される場合は、もはや損害額も検討する必要性がないということになります。このため、侵害論で審理が打ち切られたということは原告敗訴という公算が極めて高くなることを意味します。

(4)特許侵害訴訟で何がなされるか

 特許権侵害訴訟において焦点となるのは、言うまでもなく被告の行為が特許権を侵害しているか否かという点です。このため、特許権侵害訴訟では特に、1)特許発明の有効性、2)特許発明の技術的範囲が争われます。裁判所では、これらの点について原告・被告の言い分を整理し、当事者が争わない点および当事者が争う点(争点)を整理にした上で、その争点について裁判所が審理し、最終的な結論(判決)を導き出すことになります。

(5)特許侵害訴訟における技術者・研究者の役割

 特許侵害訴訟で最も問題とされる争点は、イ号物件が特許発明の技術的範囲に属するか否か(すなわち、被告物件が特許権の権利範囲に含まれるかどうか)という点になります。
 また、いわゆるキルビー最高裁判決および平成16年改正特許法104条の3の規定により、特許侵害訴訟において特許の有効性について裁判所でも審理できることになり、これにより、裁判所は、無効理由を有する特許権の権利行使は(権利の濫用に当たるので)認めないという判決を出すこともでき、そうなれば被告は侵害から逃れることができます。したがって、侵害訴訟の多くのケースにおいて、特許の有効性の有無が単独または侵害論と併せて争われています。
 このように、原告・被告のいずれにおいても、権利範囲および有効性を争うべく弁護士(弁理士)の指揮のもとで訴訟戦略を立てることになりますが、その戦略を立てる上で、技術者・研究者による技術的なサポートが必要不可欠となります。特に、裁判官は法律系出身者がほとんどであり、それゆえに技術に精通していないため、研究者や技術者の目線でそのまま主張しても、裁判官に通じない場合も起こります。このため、裁判官や弁護士にも理解できる説明の仕方が研究者や技術者に求められます。
 また、化学・バイオ系の事件のように、「実験データの撃ち合い」となるようなケースでは、技術者・研究者のバックアップの善し悪しが裁判の明暗を分けると言っても過言ではありません。

(6)特許無効の抗弁に関する補足

 事件の蒸し返しを防ぐため、平成23年改正で特許法第104条の4を新設し、特許侵害訴訟の当事者であった者については、その終局判決がされた場合において、当該終局判決確定後に行なわれた行政処分取消しのための手続の確定に基づいて、当該特許権侵害訴訟に係る再審の請求ができないこととなりました。

(7)査証制度について

 イ号物件(イ号方法)の入手が困難な場合、中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)を利用できます(特許法第105条の2~105条の10)。査証制度では、裁判所が選定した中立な専門家が、被擬侵害者の施設に立入調査するので、イ号方法が製品を分解しても製造方法が特定できない場合や、イ号物件が市場で入手することが難しい BtoB 製品といった場合に特に有効です。但し、権利濫用にならないように、相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があり、且つ、他の手段では証拠が十分に集まらない等、一定の条件が満たされた場合にのみ、査証が認められます。



Last Update: May 26, 2021

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