アイデアの着想から特許出願まで

4.機械分野

1.どこまで完成させれば特許出願ができるか

 特許に関する限り、電気・電子分野と化学・バイオ分野以外の構造や機構に関する技術分野は、全て機械分野と称されています。したがって、機械、建築、土木の他、日用品や器具・道具類の構造に関する技術は、実務上、機械分野として扱われています。

(1) アイデアの具体化の程度

 新たなアイデア(発明)を特許出願するには、そのアイデアを文章や図面で書き表す必要があります。機械分野の発明に要求される具体化の程度は、当業者(その分野の専門家)が、日常的または単なる設計的な作業でその発明を実施する等、具体化できるように技術内容が明確にされていることです。すなわち、課題(願望)の提示のみでは不十分であり、かといって設計図やそれに近いものにまで具体化する必要はありません。
 特に、機械分野の発明は、開発テーマが決定された後、方向性の決定、基礎的実験、設計、試作などの諸段階を経て具体化されていくことが多いので、どの段階で特許出願をするかという検討が大切です。

(2) アイデア具体化の例

[1]初期段階
 例として、工場内の配送システムの開発について考えてみます。工場内のあちこちに振り分けて軽量物を配送したいが、ベルトコンベアではスピードが遅い。簡便且つ迅速な配送システムとしたいというテーマがあったとします。これに対して、配送物が軽量なので、空気圧を利用して送るというアイデアが出されました。
 しかし、これでは、単なる課題(願望)の提示に留まるのであり、どのように空気圧を作用させて搬送物を目的地まで到達させ、途中で振り分けるのかという具体的な手段が明らかではありません。この段階で特許出願をしても、審査の過程において、発明を十分に把握できないとして拒絶される可能性が高いです。

[2] 具体化の必要性
 上記の例では、以下の点について具体化が必要です。
 1a.搬送路が分岐していても必要な箇所まで空気圧を作用させ得る手段
 1b.目的地点に至る分岐点で搬送物を方向付ける方向制御手段
[3] 具体化の例
 その具体化例として次のものが考えられます
 1aの具体化例
 搬送路を形成するパイプの側面に適当な間隔で設けられ、パイプの内部に空気を吹き出す空気吹出手段。
 1bの具体化例
 パイプの分岐点付近に設けられる空気吹出手段の吹き出し方向を制御する吹出方向制御手段。

2.特許出願にあたって整理しておくべき点

(1) 発明の重要部分の明確化

 特許出願をするにあたっては、権利対象となる発明の必須要素を特定するという観点から、発明の重要部分をとらえる必要があります。

<発明の必須要素の例>
[1] 自動車エンジンのピストンヘッドを新たな形状とすることにより、他の部分に変更を
     加えることなく燃費性能が向上した。
この場合は、そのピストンヘッドの形状が発明の必須要素です。
[2]ピストンヘッドの形状に新たな工夫をしたが、これのみでは不十分であり、燃焼室の
     形状も変更して始めて燃費性能を向上させることができた。
この場合は、ピストンヘッドの形状および燃焼室の形状の双方が発明の必須要素です。
[3] 新たなピストンヘッドの形状とすることでエンジン性能を高めることができたが、
     燃焼室の形状を変更することにより、さらに高い効果を上げることができた。
この場合は、ピストンヘッドの形状が最小限の発明の必須要素となります。もちろん特定形状の燃焼室との組み合わせも出願に含めます。

(2) 発明を構成する要素の置き換えや変形の検討

 発明の必須要素または重要部分について、他の形態に置き換えることが可能かどうかを検討することは、発明の幅を拡げる上で大切です。
 特に、先の例における、ピストンヘッドや燃焼室といった必須要素や重要部分については、同様の効果が得られる可能性のある範囲を、網羅的に検討しておくことが大切です。
 この場合、特に高い効果が得られる限定された形態と、低くても一応の効果が得られる幅広い形態との双方を把握しておくことは、権利の強さおよび広さの双方の観点から重要です。

(3) 発明の関連部分の明確な把握

 発明完成までに工夫を凝らした点のみが発明ではなく、その関連部分を含んで発明が成立していることがあります。
 先の自動車エンジンの例では、燃焼室が発明の成立やさらなる効果の向上に関係している場合でも、最も工夫を凝らしたピストンヘッドの形状のみが発明の特徴であると、発明者が思いこんでしまうことがあります。明細書作成者がそれらの状況に気が付かなければ、発明の捉え方を誤った明細書ができ上がり、特許を取得できなかったり、取得できても狭い権利になってしまうおそれがあります。
 したがって、最も工夫を凝らした部分に関連性を有する部分が、必須であるか、どのような置き換えが可能かを把握しておくのが大切です。

3.広い権利取得への発想の手掛かり

 特許を取得する上で、権利範囲を広くするためには、発明の構成要素を減らすこと、そして、個々の構成要素を多面的に捉える必要があります。

(1) 形状について

[1] 他の形状への置き換えは可能か?
 例えば、直線運動機構のスライダを案内するロッドについて:
 「断面円形の案内ロッド+回り止めのキー」を当初考えた場合、ロッドは、断面円形に限定せず、「断面四角形」、さらに「断面多角形」としてもよいはずであり、これらの場合は回り止め用キーが不要であるという利点も得られます。
[2] 形状を特定のものに限定する必要があるか?
 例えば、「直線状の蛍光灯」を改良する発明が完成した場合、その改良点は、他に「円形の蛍光灯」、「蛇行形の蛍光灯」等にも適用できる場合があります。改良点が、蛍光灯の形状に関係ないのであれば、発明からその形状の限定を外すべきです。

(2) 構造について

[1] 固定部と可動部を入れ替えることはできないか?
 例えば、細く絞ったレーザの出射部を移動させてワークを曲線的に切断する装置に関する発明をしたとき、レーザの出射部を移動させる代わりに、ワークテーブルを移動させることも考えられます。相対的な移動さえあれば、どちらを固定してもよい場合、さらには双方を移動させてもよい場合が、多くあります。
[2] ばねの置き換え
 ばねは、技術分野によって、圧縮ばね、引っ張りばね、コイルばね、ねじりばね、板ばね等が使用されますが、これを限定的に考えると権利範囲が狭くなるおそれがあります。特定のばねのみが必要または重要である場合以外は、ばねの種類は限定すべきではありません。広く考えれば、他に空気ばねもありますし、ゴムでもよいかも知れません。
[3] 伝動機構の置換え
 歯車、ベルト、チェーン、リンク機構等の伝動機構も、ばねと同様に限定的に考えない方がよいことが多いです。
[4] 動力源の置換え
 エンジン、電動モータ、油圧モータ、ポンプ等の動力源も、それ自身が発明対象である場合以外は、上記と同様限定的に考えない方がよいことが多いです。

(3) 動作について

[1] 移動方向の置換えは可能か?
 上下、水平、斜め等の移動方向について、限定の必要性と置き換えの可能性を考えて見るとよいでしょう。例えば、コンベアによる搬送中に不良品をプッシャーロッドにより横へ押しのける装置の場合、プッシャーロッドによる水平移動に代えて、不良品をコンベアから持ち上げたり、落下させるというように、上下方向の移動に置き換えることも可能でしょう。重力の利用で上下への動作が決まる場合でも、ばねを利用すれば逆向きも可能ということもあります。
[2] 直線運動と回転運動の置き換え
 直線運動を得るための機構として、シリンダ・ピストン機構、送りねじ機構等があり、回転運動を得るための機構として、回転駆動装置、歯車機構、プーリ等があります。これらの直線・回転運動は、伝動機構を介することにより、相互に変換可能であるから、限定的に考えない方がよい場合が多いです。
[3] センサの置き換え
 制御系に使用するセンサには多種多様なものがあるので、限定的に考えるべきではないのは当然ですが、その選択が、構造に影響する場合もあります。例えば、水位を計測するのに、水位計を用いる場合はタンクの上部に設置しますが、水圧計をタンクの底部に設置することにより水位を圧力として計測することができます。したがって、選択するセンサとの関係で主要部分の構造を検討すると、構造の範囲を拡げることができる場合もあります。


Last Update: April 27, 2021

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