【欧州】欧州特許庁(EPO)の拡大審判部、部分優先の判断基準を示す

2017年01月

【欧州】欧州特許庁(EPO)の拡大審判部、部分優先の判断基準を示す

2016年11月29日、EPOの拡大審判部は、近年、実務に大きな影響を与えていた、いわゆる毒入り分割出願(Poisonous Divisional)・毒入り優先権(Poisonous Priority)の問題に関し、部分優先(Partial priority)を幅広く認める判断を示しました(G1/15)。これにより、今後、多くの事案において問題解消が図られていくことが予想されます。

この拡大審判部G1/15事件は、技術審判部T 0557/13 事件(欧州特許第 921183 号についての異議部の決定に対する審判事件)において、「包括的ORクレーム(generic-OR claim)」*1に対する部分優先の判断についての付託等に答えたものです。

欧州特許条約(EPC)第54条(3)(日本の特許法の第29 条の2に類似の規定です)によると、出願人又は発明者が同一の場合でも、先の出願によって後の出願の新規性が否定されるという、いわゆる自己衝突(self-collision)の問題が生じることがあります。

この自己衝突の問題は、親出願と分割出願との関係においても、いずれかのクレームに優先権が認められない部分が含まれる場合、所定条件下においては起こり得る、と複数の技術審判部審決において判断されていました。優先権が全体として否定されることなく、いわゆる部分優先(基礎出願に開示されている部分についてのみ優先権を認めるという考え方)が認められればこのような問題は生じないはずですが、部分優先が認められる要件に関して、EPOの解釈は非常に限定的であったとされます(G2/98*2)。親出願の新規性が分割出願により否定されるという状況も起こり得たことから、この現象は毒入り分割出願(Poisonous Divisional)とも呼ばれ、そのような状況が果たしてEPCの本来意図するところであったのか、それとも何らかの解決が必要なのかについて、近年、議論がなされてきました。

例えば、下図のような状況において、分割出願③は基礎出願①に基づく優先権が認められるのに対して、親出願②は優先権が認められないために分割出願③の後願となり、分割出願③に開示される「下位概念a1」により、親出願②のクレーム発明「上位概念A」の新規性(EPC第54条(3))が否定されるとの判断がなされていました。

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今回公表されたG1/15事件の審決 (Order)では、次のような規範が示されています:「択一的な主題を包含するクレームについては、1または2以上の包括的表現その他を含むこと(包括的ORクレーム (脚注1参照)に該当すること)を理由としては、部分優先が否定されない。但し、当該択一的な主題が、最初に、直接的に若しくは少なくとも黙示的に、明瞭かつ実施可能な態様で優先権書類に記載されていることを条件とする。その他の条件または制限は課されない。」

これによると、上記図において、親出願②の「A」(「包括的表現」に相当)に含まれる「a1」(「択一的な主題」に相当)は、基礎出願①において、最初にかつ直接的に、明瞭かつ実施可能な態様で優先権書類に記載されているといえるため、部分優先が認められると考えられます。よって、分割出願③の「a1」により親出願の「a1」の部分の新規性(EPC第54条(3))が否定されることはなくなると考えられます。

今回の拡大審判部の審決 (G1/15) に従って、今後は部分優先を幅広く認める運用がなされると思われますので、ほとんどの事案において毒入り分割出願・毒入り優先権の問題は解消する見込みである、と言われております。


*1 「or」を使用して、基礎出願に開示されている特徴と開示されていない特徴とが選択肢として明示されているクレームは「明示的ORクレーム(explicit-OR claim)」と呼ばれます(例「a又はbを含むX」)。明示的ORクレームに関しては、通常、部分優先が認められます。一方、包括的概念で記載されており、その中に基礎出願に開示されている特徴と開示されていない特徴とが包含されているクレームは「包括的ORクレーム(generic-OR claim)」と呼ばれます(例「Aを含むX」※Aは「a 1 又は(or)それ以外のA」とも表現できるため)。

*2 拡大審判部G2/98審決では、包括的概念の中に基礎出願に開示されている特徴と開示されていない特徴とが包含されている場合(包括的ORクレーム)、それらの各特徴が、総体として限られた数であり、個々に明確に定義されているといえる場合に限り、部分優先が認められる、という判断基準が示されました(上の例でいえば、Aを、a1、a2、・・・、anという各要素に明確に分けることができ、かつnが限られた数である、といえることが必要になります)。

*3 但し、a1は基礎出願①において最初にかつ直接的に、明瞭かつ実施可能な態様で記載されているものとします。

*4 但し、a1を含め、膨大な数の下位概念がAには含まれるものとします。