契約の必要性について -オプション契約-

  • 今回は、特殊ではあるが、ノウハウ技術を有している場合には重要な契約となるオプション契約についてご説明しましょう。

  • ノウハウ技術については、特許とは違い、それが秘密を有しており、誰も知らない技術であることに大変な意味があります。所有者はそれを必ず認識しておくべきですが、往々にして、その重要性を余り意識せず、簡単に相手方に開示(口頭の場合もありますが)してしまうケースが多いようです。特に、大学の先生の中には、それで本質的な被害を蒙っている方もおられます。

  • そこで、まず、ノウハウとはどのようなものをいうのかをご説明しておきましょう。 恐らく、ノウハウといっても、秘密情報とどう違うのか疑問に思われる方も多いでしょう。秘密情報というのは、あくまで、当事者が秘密にしておくことで何らかの価値が あると思われる情報をいいます。そこで、開示の際に相手方に秘密保持の義務を課します。この場合、既に公知公用となっているものは当然に当該義務の対象から外れますし、開示当事者が秘密情報と認識していても、被開示者が、既に第三者から秘密保持義務を課されることなく開示を受けているものと同じものは、もはや、秘密情報とはいえなくなります。一方、ノウハウというのは、一般的には、技術秘訣といわれており、技術上の知識、経験、データその他の情報であって、次の3つの要素があることが必須となっています。つまり、1)秘密性があること(秘密として管理されていること)、2)有用性があること(事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること)、3)非公知性があること(公然と知られていないこと)であることが条件となっております。従って、このうち一つが欠けてもノウハウ技術と主張するのは難しいと思われます。ノウハウがからむ法的事項は多いので(ノウハウライセンス、オプション契約、職務発明の対象となるかどうか、特許とノウハウが絡むライセンス契約等)、まず、これらの基本的事項は理解しておいて欲しいと思います。
    因みに、国際商工会議所(ICC)におけるノウハウ保護の基準条項は次のように定義づけしております。
    「ノウハウとは、単独で又は結合して工業目的に役立つ、ある種の技術を完成し、又はそれを実際に適用するために必要な秘密の技術知識と経験又はそれらの集積をいう」更に、不正競争防止法の第2条第6項では、「営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は管理上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義付けし、当該技術やノウハウ等の情報が「営業秘密」として不正競争防止法で保護されるには、上記で記載した3つの要素全てを充たすことが必要」となっております。

  • 企業で発明が生じた場合、それを特許出願すべきか(公開されることを前提)、ノウハウとして残しておくべきかは企業方針により決められます。従って、一概に特許をとればよいといえるものではないようです。例えば、製造方法の発明がなされたとします。この場合、特許出願では製造方法の概念を広くとっておき(溶媒の濃度の範囲を広くとるなど)、実際の製造工程では、当該濃度中、特殊な数値の場合にのみ、製造効率が高くなるという技術範囲については、ノウハウとして公開しないというような方針もあるのです。

  • ノウハウは、その本質が秘密性にあるため、例えば、相手方からライセンスの申し入れがあっても、ライセンス契約締結前には、ノウハウの内容、特にその全容は開示したくないはずです。一方のライセンス許諾を受けたい側からすれば、ライセンス契約の条件を判断するためにノウハウの全容、少なくとも概要は事前に知りたいと希望します。このような両者の立場を考慮して妥協的な形としてオプション契約が利用されるのです。特に秘密性を本質とするノウハウに関する契約においては実に有益な処置といえます。

  • ノウハウ開示は、必ず、このレベルからであることを認識しておいてください。秘密保持契約では、相手が興味をもっている技術を評価する範囲において必要な情報やデータは開示しますが、ノウハウ技術に該当する情報は絶対このレベルでは開示しないようにしましょう。通常、このレベルでは無償での開示となります。ノウハウ技術は ライセンスの対象となりますので、それだけ価値がある(つまり、開示の見返りは有償となります)ため、安易に開示をしてはいけないのです。この点を理解していないと 無償で開示(口頭も含め)した結果、相手側がそれをベースに企業化したり、改良したものを特許出願した場合には、後で、クレームをつけてもそれを覆すのはかなり困難なことになります。

  • それでは、オプション契約とはどのようなものかをご説明します。
    まず、前提として、秘密保持契約などで相手方が貴方の所有している技術に興味を示し、ライセンスが欲しいまたは当該ノウハウを譲って欲しいと希望してきた場合を考えてください。特許を出願し、権利を所有している場合には、当然に当該特許は公開になっているため、ノウハウとはいえませんし、相手方はその技術内容を把握した上で、その権利で侵害を主張されないためにライセンスの許諾を希望する場合が多いですが、ノウハウ技術の場合には、何度も述べましたように秘密性の保持が大切な要素となっておりますので、当然、相手方も当該技術内容を知ることが必要となります。そうでないと、当該ノウハウの企業化可能性の判断はできません。そこで、約定の期間(オプション行使期間といいます)内に当該ノウハウを開示し、相手方が当該期間内に当該ノウハウ技術につきライセンスを受けるか否かの選択権(これをオプションといいます)を与える契約をオプション契約といいます。
    従って、相手方は、オプション行使期間内に限り、上記目的のためにのみ当該ノウハウ技術の情報を使用する権利を有し、オプション行使期間経過後は原則としてその権利を失うことになります。

  • オプション契約は、契約締結時点で、将来締結されるべきライセンス契約(本契約といいます)の内容がすべて確定している場合と、確定していない場合に分かれます。確定している場合には、将来締結されるべき本契約の内容を記載した書面がオプション契約に添付され、相手方がオプションを行使すれば本契約は成立するが、確定していない場合には、本契約の内容が確定していないため、オプションの行使のみでは足りず、更に当事者間の交渉により本契約の内容を確定しなければなりません。従って、オプション契約を締結する際には、できれば本契約の内容まで事前に協議して決めておくほうがいいでしょう。

  • それでは、オプション契約についてのチェックポイントをご説明しましょう。

    (1)提供する評価用情報・資料等の範囲→オプションの対象となる技術(所謂ノウハウ)の特定は明確にする必要があります。オプションを行使する者が所有する技術とのコンタミ(混同)等で揉めないようにすることが大切です。
    (2)秘密保持および使用制限→何度もいいましたようにノウハウ技術は特許等に保護されているのではないため、法的な保護を受けません。従って、ノウハウ技術に関するオプション契約ではこの条項と秘密を漏洩した場合の契約違反の罰則規定が重要になります。つまり、ノウハウ技術はその秘密性を喪失した時点で、価値は半減以下になることを十分すぎるほど認識しておいてください。
    (3)対価→技術を開示する側からいえば、当該契約で開示することは大きなリスクを伴います。従って、オプションフィー(開示対価)の決め方は非常に重要になります。ただ、技術の価値を評価するのは難しく、その決め方も契約によって異なりますので、一概にこうだとはいえませんが、最低でも、当該ノウハウ技術に要した費用の回収はすべきでしょう。
    また、当該オプションフィーは、[1]オプション契約上の取りきり(ライセンス契約への移行如何に拘わらず)とする場合と、[2]ライセンス契約に移行後には、ライセンス料に充当(全部または一部)させるという2つの考え方があります。 支払方法も契約時に一時金として支払う方法、オプション行使の経過に伴い支払うマイルストーン的な方法があります。
    (4)オプション行使期間と方法→オプションの期間は通常は1年です。契約下で開示された技術・情報の評価にはそれほどの時間を要するものではありません。次の ステップのライセンス契約では、開発事項も含まれることが多く、期間も長く設定されています。従って、通常は1年、長くても2年程度を行使期間として、その間に技術の評価結果を踏まえて、オプションを行使するのかどうか(即ち、次のステップに移行するのかどうか)を決定します。
    (5)オプション不行使の場合の措置→行使の場合には、本契約(ライセンス契約)に移行すればよいが、オプション不行使を決めた場合の後処置(開示した技術・情報の返還、その秘密保持ならびに不使用の残余効-通常は5年程度(当該ノウハウ技術が優れており、5年程度では代替技術は出てこないという場合には10年でも要求可能)、オプション期間中に得られた成果の取扱い等)を明確に決めておくようにしましょう。

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