出願公開および補償金請求権

1.出願公開制度

 特許出願の日から1年6月経過した後に、特許出願の明細書等が掲載された公開特許公報が発行され、特許出願の出願内容が一般に公表(出願公開)されます(特許法第64条)。出願公開前に出願の取り下げ等があったものを除き、原則として全ての特許出願が公開されます。

 この出願公開制度は、出願後一定の期間を経過したときには、審査の段階のいかんにかかわらず、特許出願の内容を公衆に知らせるというものです。出願公開制度導入前は、審査官が特許出願を審査した後に、特許すべきと判断したものを出願公告し、出願内容を一般に公表していました。しかしながら、出願件数の増大と技術内容の高度化により、審査が遅延するようになり、出願された発明の内容が長期間公表されず、そのため、重複研究、重複出願、重複投資等がなされるという弊害が生じました。そこで、こうした弊害を防止するために、出願公開制度が導入されました。

(1)公開の基準となる日(公開基準日)
 出願公開は、出願日から1年6月経過後になされます。パリ条約上の優先権又は国内優先権の主張を伴う出願は、基礎となった最初の出願日(優先日)から1年6月経過後に公開されます。
 分割出願及び変更出願は、原出願日から1年6月経過後に公開されますが、分割出願又は変更出願が原出願日から1年6月経過後に行われた場合には、分割・変更出願後すみやかに公開されます。

(2)早期公開制度(出願公開の請求)
 特許出願人が希望する場合、特許出願日から1年6月経過前であっても、早期に出願公開の請求をすることができます。後述する補償金請求権を、早期に発生させることを可能にするためです。出願公開の請求をすると、特許出願日から1年6月の経過を待たずに出願公開されます。
 出願公開の請求は、一度請求すると取り下げることができません。

(3)出願公開される事項
 出願公開は、次に掲げる①~⑧の事項等を公開特許公報に掲載することにより行われます。ただし、④~⑥に掲げる事項については、当該事項を特許公報に掲載することが公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると特許庁長官が認めるとき(広告宣伝記事を含む)は、公開されません。

①特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
②特許出願の番号及び年月日
③発明者の氏名及び住所又は居所
④願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容
⑤願書に添付した要約書に記載した事項
⑥外国語書面出願にあっては、外国語書面及び外国語要約書面に記載した事項
⑦出願公開の番号及び年月日
⑧前記に掲げるもののほか、必要な事項

 公開特許公報のフロントページ(第1ページ)には、特許出願人名等の書誌的事項と発明の要約と代表図等が掲載され、次ページ以降に特許請求の範囲及び明細書の全文並びに必要な図面が掲載されます。

(4)出願公開で発行される公報等
 特許出願を公にする目的で発行される公報としては、(1)国内出願の場合は「公開特許公報」(特許法第64条)、(2)国際出願のうち外国語でされたものは「公表特許公報」(特許法第184条の9)、(3)国際出願のうち日本語でされたものは「再公表特許」があります。
 なお、「再公表特許」は、先行技術調査に必要な技術情報の提供を目的とする行政サービスとして公開公報に収録されていますが、法律上の公報ではありません。そのため、公報仕様上も、「再公表特許公報」ではなく、「再公表特許」と定められています。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/koho/general/koho_faq.html#anchor2-1

(5)出願公開による利害得失
(i) 第三者(特許出願人以外)の利害得失
 公開特許公報等に掲載される特許請求の範囲は、不確定な範囲ですが、将来の権利範囲をある程度予測することが可能であり、権利情報としての利用価値があります。したがって、第三者は、出願公開によって明らかになった他人の先願発明と重複する研究を避け、無駄な投資を回避し、他人の先願発明と重複する発明についての出願を回避することができます。
 また、公開特許公報等には、最新の技術を含む発明が掲載されるため、第三者にとっては技術情報としての利用価値があります。

(ii)特許出願人の利害得失
 出願人は、出願公開によって、出願公開された発明の第三者による実施(模倣)という危険にさらされることになります。出願公開後の実施者に対し、出願人は、後述する補償金請求権に基づく警告を行うことができます。なお、早期権利化を図るため、出願人は、所定要件を満たす場合には、優先審査制度や早期審査制度等を利用することもできます。
 一方、先願(先の特許出願)には、出願公開後、いわゆる拡大された先願の地位(特許法第29条の2)が与えられます。また、公開特許公報等に掲載された発明は公知発明となり、その公知発明に対して新規性、進歩性の無い発明が、出願公開後に特許出願された場合には、その特許出願は拒絶されます。
 さらに、公開特許公報等を見た第三者に対しては、その出願公開された発明が将来特許されるかも知れないという牽制効果があります。

(6)出願公開された他社特許出願への対応
 公開特許公報等は定期的に発行されますので、競合他社の公開特許公報等を定期的に調査することにより、競合他社の出願状況を把握することができます。
 なお、自社製品が公開特許公報等に掲載されている他社発明に抵触する可能性がある場合には、その他社発明の特許可能性を調査・検討し、特許性を否定し得る先行文献等があれば、情報提供制度(特許法施行規則第13条の2)を利用して当該先行文献等を特許庁に提出し、特許化を阻止するか又は特許請求の範囲を減縮させることもできます。

2.補償金請求権

 
出願公開されると、発明の内容が一般に公表されますので、公衆の利益にはつながりますが、出願人にとっては他人に実施される危険が高まります。そこで、特許出願人は、出願公開された特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告をした後、特許権の設定登録までの間に業としてその発明を実施した者に対して、その発明が特許されていたとした場合にその実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額(実施料相当額)の補償金の支払いを請求することができます(特許法第65条)。

 出願公開制度は、特許出願の内容を一般公衆に知らせるものですから、第三者はその内容を実施することが可能になります。自己の発明を第三者に実施されたことによる特許出願人の損失を補填するために、実施をした第三者に対して補償金を請求する権利を特許出願人に認めています。

 なお、補償金請求権は、濫用防止のため、特許権の設定登録後でなければ行使することができません。出願公開された特許出願は、その後の審査で拒絶されるかも知れない不安定な段階であり、この段階で請求権の行使を認めると、後に拒絶された場合の利害関係の調整が面倒であるので、審査が終了して特許権の設定登録が行われた後に行使することを認めています。

 また、出願公開後に拒絶査定確定等によって設定登録されなかった場合、又はいったん登録されたものの無効審決確定等により特許権が遡及消滅した場合には、補償金請求権は初めからなかったものとみなされます。

補償金請求権の概要を、以下に図示*します。
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*出典:平成30年度特許庁説明会テキスト・第2章産業財産権の概要・第1節特許制度の概要)

(1)警告
 補償金請求権について特許法第65条でいう警告は、警告後の出願公開発明の実施の中止を求めるものではなく、特許権の設定登録後に警告から登録までの間の出願公開発明の実施に対して実施料相当額を請求する旨、及び特許出願に係る発明の内容を特定する事項、を記載した書面を提示して通知することです。
 警告書には、出願公開番号、出願公開の年月日、特許出願番号、特許請求の範囲、発明の詳細な説明等を記載し、この警告書を内容証明郵便で相手方(実施している第三者)に送ります。

 特許出願人は、補償金を請求するためには、第三者に対して、出願公開時の特許請求の範囲に記載されている発明の内容、又は出願公開後に特許請求の範囲に関する補正をした場合にはその補正後の発明の内容、を記載した書面を提示して警告しておく必要があります。
 公開特許公報等に掲載されたというだけでは、第三者がその特許出願に係る発明であることを知っているものとは推定されないからです。出願公開は、審査を経ていない特許出願について行われるものであり、公開特許公報等は特許掲載公報に比べて発行される量も多いので、これを全て読むことを第三者に義務付けるのは酷であるからです。
 警告があった後は、第三者が実施した発明が出願公開発明と無関係に発明した第三者自身の発明であっても、補償金を支払わねばならないことになります。ただし、第三者が先使用者(特許法第79条)等の地位を有する者であるときは、補償金を支払う義務を負いません。

 以上のように、警告は補償金請求権の発生要件の一つです。補償金請求権は、警告後の第三者の実施に対してのみ請求できるので、出願公開後に第三者の実施を知った場合には、できるだけ早く警告をすることが望ましいと言えます。警告が遅れると、警告前の実施が明らかであっても、警告前の実施については補償金請求権の対象とはなりません。

 なお、警告をしない場合であっても、第三者が出願公開に係る発明であることを知って業として実施していた場合は、補償金を請求できます。ただし、この場合は、第三者が知っていたことの立証は、特許出願人が行わなければなりません。

(2)補償金請求権の消滅時効
 補償金請求権を行使できる期間は、特許権の設定登録後3年間です。3年間行使しないときは、補償金請求権は時効により消滅します。補償金請求権は特許権の設定登録後でなければ行使できないので、権利行使を担保するために、消滅時効の起算日を、特許権の設定登録の日としています。

(3)早期公開制度の活用
 出願公開前に第三者が特許出願に係る発明を実施していることを知り得た場合、早期に出願公開の請求を行うことにより、出願日から1年6月を待たずして出願公開され、補償金請求権を早期に発生させることが可能になります。

(4)補償金請求権と特許権
 補償金請求権の行使と特許権の行使とは、関係ありません。補償金請求権を行使したからといって、特許権の行使は妨げられません。補償金請求権は、出願公開から特許権の設定登録までの間における実施に対して生ずるものであり、特許権の設定登録後の実施には、何ら関係ありません。
 すなわち、特許出願人は、例えば、出願公開から特許権の設定登録までの間の第三者の実施に対しては補償金の支払いを請求でき、特許権の設定登録後の第三者の実施に対しては差止や損害賠償を請求できます。

特許制度のあらまし:目次