アイデアの着想から特許出願まで

1.共通事項

ひとつのテーマについて研究開発を進める過程には、課題の設定、アイデアの創出、設計、試作、実験、製品化などの様々な段階がある。したがって、新たなアイデアについて特許出願をしようとすると、研究開発の進み具合やアイデアの捉え方などに関連して、様々な疑問が生まれることがある。すなわち、アイデアをどの程度まで具体化する必要があるのか、専門家(弁理士、知財担当者)に依頼する場合に何を準備すればよいのか、他社の模倣を許さない特許とするには何に注意すればよいのか、などである。
 本項では、これらの点について、一般的な事項を説明する。別項で下記の各技術分野に特有の事項について説明を加える。

 ◆化学分野
 ◆バイオテクノロジー分野
 ◆機械分野
 ◆電気・電子分野
 ◆ソフトウェア・ビジネスモデル分野

1.どこまで完成させれば特許出願ができるか

(1)最低限必要な発明の完成度

 特許制度の基本的な仕組みは、新たな発明を公開した者に対し、その代償として特許権という独占権を一定期間与え、一方、第三者には公開された発明を利用する機会を与え、発明の保護と利用とのバランスを図ろうというものである。こうした発明の保護と利用が、技術の積み重ねを加速し、産業の発達へと導くことになる。
 したがって、特許取得に要求される発明の完成度は、技術の積み重ねに役立つ情報を提供できる程度に達しているということであり、課題を達成するための具体的な手段が明確にされていることが必要である。その具体化の程度は、説明を受けた当業者(その分野の専門家)が、そのまま、あるいはそれに日常的・設計的な作業を加えるだけでその物(または方法)を再現したり実施したりできる程度に明らかにされているということである。そのような技術内容の特定ができていれば、特許出願をする上では、発明の理解に関係のない細部まで特定する必要はない。例えば、機械・電気分野でいうと、設計図、回路図、試作品、製品の完成までは必要としない。但し、化学・バイオ分野に多く見られるように、予測性のない効果を奏する発明については、通常、発明の実施例が必要とされる。

(2)より望ましい具体化

 単に出願をするだけでなく、より確実な権利取得、より広くかつ強い権利の取得のためには、次の点も考慮しておく必要がある。出願後は、近似した内容の先行技術(出願より前に知られていた技術等)が、特許庁での審査において引用されたりすることがある。このようなときは、権利取得を目指す発明として、より具体的なものに限定したり、他の特徴点を示したりできれば、特許が得られる場合がある。
 そのためには、発明の技術内容を、必要最低限の内容に留めることなく、より具体的に、かつ様々な変更例も挙げて、捉えておくのが望ましい。出願の時には、さほど注目しなかった事柄が、審査の過程で、先行技術との対比において重要な特徴点として見直される場合も少なからずある。したがって、重要性を認識している部分以外でも、発明の本質に関係しそうなところは、特許出願をするにあたって、十分に把握しておき、出願内容に盛り込めるようにしておくのが望ましい。

(3)さらに発展させた内容

 アイデアを試作品にする過程などで、新たな課題が発生する場合がある。その新たな課題の解決が、発明の幅を広げたり、新たな発明を生んだりすることもある。特許出願は、アイデアの完成の段階ですぐにするのが、先願主義のもとでは望ましい。一方、出願に盛り込む発明の内容を、より豊富にすることも、前述の通り、重要である。これらを総合的に考えて、できるだけ早い時期に特許出願をするのが望ましい。
 また、特許出願後に、その発明についての拡大、改良が生じたら、国内優先権を主張した出願が有利である。

2.特許出願にあたって整理しておくべき点

 特許出願をするには、発明を文章(明細書)や図面で表現する必要がある。
 明細書や図面を作成するにあたっては、発明の特徴が、どの点にあるのか、どこまでが公知の部分でどこが新規な部分か、それらは技術的にどのような価値を有するのかをしっかりと見極める必要がある。その把握の的確さが、特許取得の可能性、特許権の広さ強さなどに影響してくる。
 したがって、特許出願を明細書作成者(弁理士、知財担当者)に依頼する場合には、明細書作成者が発明の本質や特徴を正確かつ容易に把握できるよう、また、明細書を作成しやすいよう、以下の点に注意して資料を準備するとよい。

(1)事前調査

 出願に先立って、関連分野の調査を行なって先行技術の存在を知ることは、以下の点から重要である。

[1] 新規性、進歩性のない出願を避ける。
 これらの特許要件を欠く出願をすることは、費用と労力の無駄である。また、先行技術を知ることにより、進歩性があると思われる技術内容に集中して発明を把握し、発明をさらに発展させることができる。
 先行技術には、他社の出願のみならず、過去の自社の出願も含まれる。内容が似かよった自社の過去の出願は、自社の後の出願に対し、同一発明と判断されたり、進歩性を否定されたりする材料となることがある。したがって、自社出願をよく掌握しておく必要がある。
 また、先行技術を調べた結果、進歩性の有無が微妙な場合には、将来、引用例として挙げられても進歩性が出せるように、種々の要件を予め明細書中に記載するように検討することができる。

[2] 背景技術、周辺技術の資料を入手する。
 背景技術や周辺技術を明確にすることにより、発明の特徴点が浮き彫りになる。したがって、発明者は、自分の発明の本質をより正確に把握することができる。また、明細書中に背景技術や周辺技術を記載することにより、発明に対する審査官の理解を容易かつ的確にすることができる。

[3] 異分野進出時に技術レベルを知る。
  自社が継続して業務を行なってきて技術の蓄積がある分野と異なり、新たに進出する分野では、技術進歩のレベルが不明であるので、発明について特許出願をすべきか否か、またどのような形態で出願すべきかが不明となりがちである。このような場合は、その分野での先行特許文献を調査することにより、その技術分野での技術レベルが分かる。それによって、特許出願の是非や形態の判断をすることができる。

(2)背景技術

 背景技術は、明細書に記載すべき項目の一つとなっている。また、その情報は、発明の特徴を把握する上で重要あると共に、専門家が知る先行技術として審査に役立てられる。  したがって、発明を生みだす背景となった状況や、発明に近い従来の技術を明らかにしておく。
 従来技術としては、実用化されていた技術のみならず、特許・実用新案の公報、技術論文、専門誌などによって発明者が知ったものも挙げておくのが望ましい。出願された発明は、公知技術との比較で特許の可否が決まるからである。
 また、発明と同じテーマを取り上げたものや、発明と類似の技術を含むものがあれば、その類似技術も挙げると共に、それによっては問題を解決できない状況についても明らかにしておく。出願時に、関連性の高い従来技術およびそれと発明との相違点を記載することにより、的確な審査を受けることができ、早期に権利化を図ることができる。
 明細書には、従来技術の文献名を記載する必要があるので、従来技術が掲載されている資料の文献名を明示しておく。特許に関する資料であれば公開特許公報や特許公報の番号、論文であれば、書籍名、論文名、該当頁、著者、出版社、発行日を示す。
 なお、公表していない自社技術における問題点から生まれた発明や、まだ公知になっていない関連発明も、その技術内容を明細書作成者に知らせる方がよい。未公知のものまで従来技術として明細書に記載することはないが、それを知ることよって、それらの発明を明確に区別して把握できるし、重複出願を避けることもできる。

(3)発明が解決しようとする課題

 発明によって解決しようとする問題点(課題)を明らかにしておく。発明者が意識している課題を明細書作成者に伝えることによって、より正確な記述が可能になる。

(4)発明の内容

 特許法上、必要とされる発明の開示の程度は、その分野の専門家(当業者)が明細書を読むことによって、その発明を実施することができるということである。少なくともこの要件を満たした上で、発明の特徴が明確になるように明細書を記述する必要がある。また、明細書には、発明の範囲を広くするように、最良の形態以外の可能な形態を記載しておくことも大切である。これらの要請に応えるように発明者が自らの発明を説明するには、以下の点に留意するとよい。

 [1] 発明の特徴の説明
 ・発明の特徴と思われる箇所は全て書き出すと共に、従来技術との相違点を発明の構成(課題の解決手段)および効果の双方について示す。
 ・発明の構成(課題の解決手段)から効果を理論的に説明できる場合は、それを詳細に説明する。
 ・効果の予測性がない技術分野の発明の場合は、その効果を得た具体的な実施例を少なくとも1つ示す。特に化学分野の発明は、これに該当することが多い。
 ・物の構造に特徴がある場合であっても、その物から当業者が製造方法を思いつかないような場合は、製造方法も明らかにする。
 ・部品などのように、全体の一部である場合は、全体の中に占める位置付けが分かるようにする。
 ・動作に特徴がある場合は、動作およびその原理を説明する。何段階かを経る動作については、重要な段階について詳細に説明する。
 [2] 数値範囲を伴う発明の説明
 ・発明が数値範囲の限定を伴う場合は、原則として、上限および下限の双方を示す。そして、その数値範囲内とすることにより得られる効果を説明すると共に、上限、下限双方を越えた場合の欠点や問題点を説明する。
 ・数値範囲の限定による効果を裏付けるように、範囲内および範囲外での実験データを用意する。特に、特定の数値範囲で臨界的な効果が得られる場合は、その範囲の境界付近のデータを準備する。
 ・数値範囲の限定は、必要最小限の効果が得られる範囲、より高い効果が得られる望ましい範囲、さらに高い効果が得られる、より望ましい範囲というように、広い範囲から狭い範囲へ段階的にしておくのがよい。こうしておけば、出願後、審査で引用された従来技術の数値範囲と区別をするのに役立つ場合がある。
 [3] 図面を用いた説明
 ・構造物では、全体図、部品図、断面図、拡大図、斜視図など、特徴を示すのにふさわしい図面を用いて説明する。
 ・多段階の動作を説明する場合は、各段階を箇条書きにし、図面と共に説明する。
 ・発明の効果を示す場合に、表のみでなくグラフで示すと分かりやすい場合がある。
 [4] 発明の範囲を拡げるための説明
 ・発明の課題を達成するのに最低限必要な手段(物・部分・方法など)と、それ以上の効果を得ることができる手段とを区別する。
 ・発明の構成部分を他の形態に置き換えることができるのであれば、すべての置き換えの形態を書き出す。

(5)その他の準備事項

[1] 図面
 図面は、発明の内容について、文字で表せない場合や、図形で表した方が理解しやすい場合に作成され、明細書の説明を補助する。したがって、図面には、発明の構造図、工程図、フローチャート、効果を示すグラフなど、種々の形態がある。
 機械分野で多く使用される構造図は、明細書の説明を通じて発明の原理が理解できる程度に表示されていればよい。しかし、構造図を詳細に表しておけば、図の表示内容に限定した権利を取得することができる場合がある。
 しかし、設計図のように寸法まで入れたもの、発明に関係しない部分の詳細までは不要である。
 化学分野の発明では、機械的構造が問題となることが少ないので、発明の説明のために図面が必要となる場合がほとんどない。但し、無機物質や繊維などの顕微鏡写真を示すことがある。また、発明の効果を示すグラフなどを用いる場合がある。

[2] 現物・モデル等
 発明の対象である現物やそのモデルは、そのもの自身を出願時に提出するわけではないが、明細書作成者が発明内容を理解する上で役に立つことが多い。特に、動きを伴うものや、複雑な立体構造を有する物の場合は、有用である。
 この他、撮影画像などを利用して、明細書作成者による発明の理解を助けるのは、良い明細書の作成を促進する。

(6)出願時期

 製品の発表会や販売開始、学会発表や新聞発表、博覧会への展示など、発明の新規性を失わせる機会があるのであれば、新規性喪失の例外規定(「新規性喪失の例外」の項参照)を受ける場合を除き、それまでに特許出願を終える必要がある。したがって、このような機会を持つのであれば、いつまでに出願を終えなければならないかを明細書作成者に知らせる必要がある。また、出願までに十分な準備時間がとれるよう、明細書作成者への依頼を早めに行なうことが大切である。

3.広い権利取得への発想の手掛かり

 特許を取得するにあたっては、発明をできるだけ広く捉え、広い技術範囲を専有し広範な競業者に対してイニシアティブをとることが望まれる。また、得られた特許は、権利無効の主張等により権利行使に困難を生じることがないようにすること、すなわち、より強い権利であることが望まれる。このように広く且つ強い権利を取得することが、特許戦略上極めて重要である。ここでは、主として、広い権利を取得するためには、出願段階でどのような点に注意すべきかを解説する。

(1)技術分野

 多くの発明は企業における研究開発活動の中で生まれる。発明を利用できる技術分野は、研究開発のテーマとなった対象の範囲のみに留まることもあれば、そこからさら広い範囲に及ぶ場合もある。技術分野を広く把握することは、広い権利範囲を得る上で重要である。例えば、
・肌荒れ防止に有効な食品素材を、化粧品に適用すること
・金属の切断方法の発明を他の材料(セラミック、プラスチック等)の切断に利用すること
・紙への印刷技術の発明をプリント配線板に利用すること
・人工芝生に関する発明をカーペットに利用すること
・カーナビゲーションシステムに関する発明を携帯電話に利用すること
・電車の制御回路に関する発明をエレベータに利用すること
 発明の技術分野を考えるにあたっては、その発明を適用することにより、当初考えついた分野におけるのと同等の効果が得られる分野は、含めておくのがよい。また、当初考えた分野におけるより、効果の点で劣っていても従来にない効果を奏することができる分野は、発明の技術分野に含めるのが望ましい。いずれの場合も、拡張した分野において進歩性が認められれば権利化の可能性がある。そして、拡張した分野において自ら実施することがなくても、他社が発明の価値を認めれば、実施許諾によるライセンス料取得の機会が生まれる。

(2)発明の構成要素・効果と権利範囲との関係

 発明について特許出願をする場合に、その発明についてのみ権利取得を目指せばよいのかというと、そうではない。発明が優れたものであればある程、より広い権利を取得しておく必要がある。そのためには、発明の構成要素と効果との関係を理解しておく必要がある。
 発明は、一般に構成要素とそれに基づく効果として捉えられる。構成要素を多く含めば、より多くのまたはより高い効果が得られるが、一方、その発明について得る特許の権利範囲は狭くなる。
 効果の高低は、発明の進歩性の有無に結びつく傾向がある。また、大まかな傾向として、発明の構成要素(具体的には、特許請求の範囲に記載する構成要件)を減らすと、権利範囲が広くなる一方、進歩性は低下する。逆に、発明の構成要件を増やすと権利範囲が狭くなる一方、進歩性は上昇する。したがって、権利取得には、発明の進歩性が必要であるが、必要最小限の進歩性があれば、構成要素を減らして広い権利取得を目指すことも重要である。

(3)発明の構成要素の幅を広げる

 上記(2)は発明の構成要素を減らして権利範囲を広くするという観点に立つものであった。一方、発明は構成要素の集合(結合)であるから、1つ1つの構成要素をより広く捉えることによっても、より広い権利を取得することができる。すなわち、発明が完成した後、あるいは完成までの途上で、発明の構成要素を広く捉える試みをすることが、広い権利取得の上で重要である。これには、構成要素を多面的に捉える試みが役に立つ。具体的な内容は、以下の項で、技術分野ごとに解説する。


Last Update: April 1, 2012

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